移乗動作など、通常の看護とは少し異なる回復期リハビリテーション病棟でのKYT(危険予知・危険予測)について作業療法士の立場から書いてみる。いつものことですが、現場で働いている作業療法士の視点から書いていますので、教科書とは少し違います。
2017年11月11日に追記しました。
KYTは危険予知トレーニングの略です
用語については中央労働災害防止協会のホームページに記載されていますので詳細はそちらをご確認ください。もともと、建築系の現場から派生したのかな?
私の非常勤勤務先の訪問看護ステーションの所長さんは電気技師なんだけど、KYTのことは知っていました。だから、建築業界では当たり前の用語なんだと思います。
リハビリテーション業界ではまだまだ知られていないKYT
あらゆる場面で、事故を未然に防ぐために、ビデオや写真をみて、そこに潜んでいる危険を予測して、どのような対策を行うのかというのがKYTの基本。
看護協会でも研修会としてKYTを取り上げています。リハビリテーション業界ではまだまだ浸透していないのがKYTなんです。
私の嫁さんは看護師なんですが、KYT知ってました。やっぱり看護師ってリハビリよりも先に進んでるなって実感しました。
でも、KYT知らない方のために簡単に説明してみると・・・
車の免許をお持ちの方は教習所で「危険予測」って講義を習ったのを覚えていますか?
ビデオを見せられて車で走行中に予測される危険を述べよ みたいな感じの講義なんですけどね。
ビデオや写真を見ながら、
「この場面から予測される危険は何か」
とかって教官から聞かれて利する講義を覚えてませんか?あれがKYTなんです。
回復期リハビリテーション病棟では非常に重要なKYT
救急や急性期におけるKYTと、回復期リハビリテーション病棟におけるKYTはその視点が少し異なると思います。
KYT(危険予知)という考え方は同じでも、その現場というか場面が全く違いますよね。
回復期リハビリテーション病棟での危険予防の具体的な場面と言えば
- 移乗動作に伴う転落や転倒
- 歩行時の転倒
- バランス不安定な状況でのベッドや椅子からの転落
- 誤嚥、誤飲
などなどADLの改善に主として取り組んでいる回復期リハビリテーション病棟なので、やはりADL場面での危険予知・危険予測が必要となってきます。
危険予測は常に行うこと
研修会でも
「どのような場面で危険予測を実践するのか?」
と聞かれるのですが、このような考え方は間違っているのです。
危険予知・予測というのは、ある特定の場面だけで実践されるべきものではありません。
危険予測は常に実践するもの なのです。
常にあらゆる危険を予測しながら業務を実践するからこそ、リスクに対応できるのです。
「いつ危険予測するのか?」
と考えている時点でそれは、実践できていないという事なのです。
看護師として普段の業務で目にするあらゆる場面で危険を予測しなくては駄目なんですよね。そしてその目にしたことに対して常に危険予知・予測しながら行動する必要があるのです。
たとえば
- カートを押しながら点滴回りしているときに、廊下の曲がり角に差し掛かったら、その角の向こうに杖で歩いている患者さんがいるかもしれないから、曲がり角の向こう側を確認する必要がある ってことを予測する
- 新規入院の患者さんが車いすでやってきた。疲れているようだったから病棟に案内して移乗介助してベッドに移そうとする。その時には新規患者さんなので、移乗の介助量が不明なので油断しないようにしっかりと力を入れて移乗動作する必要がある 転倒しないように注意しながら移乗介助するってことを考える
というように、KYTというのは回復期リハビリテーション病棟のありとあらゆる場面で実践すべきことなんです。危険を予測する能力を養う必要があります。
「あいまい」ではなく「具体的」な表現で危険を予測する
上司や先輩が若手の看護師さんや介護職員に危険な場面を指摘することがありますよね。
- あの患者さんの歩行は不安定だから、一人で歩かせたらダメだよ
- こんな座り方はダメ、もっと深く座らせて
- そんな介助の仕方だと転倒するよ
回復期リハビリテーション病棟のいろいろな場面で転倒や転落などの危険を回避するために経験を積んでいるベテラン看護師さんや、KYTを実践している看護師は、若手の看護師にアドバイスをします。でも、同じ場面を見ている、観察しているはずなのに、経験の浅い若手の看護師はその危険を予測できないのです。
だから、経験を積んでいる看護師は、危険を予知・予測できない若手や新人看護師さんに対してアドバイスする必要があります。
そのアドバイスは具体的であればあるほど、効果的です。
効果的な危険予知って言うのは、
「どのような状態」が危険であるのかを具体的に表現することができること
なんですよね。何が危険であるのかという事を言葉にして表現することができるんです。
危険予知・予測することが身についていない若手や新人看護師に対して、
- 危ない!もっとこうしなさい
というアドバイスでは、その場の危険を回避することはできても、なぜ危険だったのか を理解することはできません。
- より具体的になぜ危険であるのか
- どのような場面を見て危険と予測するのか
- 危険と安全の判断の分かれ目はどこなのか
などを具体的に伝える必要があります。
ベテランは経験で予測している、でも新人さんは・・・
車の運転でもそうですが、新米ドライバーとベテランドライバーでは視野の広さや見るポイントの多さが全然違うんですよね。同じ時間や距離を運転していてもベテランドライバーは、はるかに多くのポイントを目で確認しながら不測の事態に備えているんですよね。
回復期リハビリテーション病棟の現場でも同じだと思います。ベテラン看護師はこれまでの経験から、何が危険であるのかを様々なポイントから予測して危険か安全かを無意識のうちに判断しているのです。
無意識のうちに判断しているので、無意識のうちに介助の方法や環境の調整をしていて、それが特別なことをしているとは思っていないのです。
その無意識に行っている判断をなるべく具体的な言葉にして新人や若手セラピストに伝える必要があります。
ベテラン看護師や管理職である看護師は、これまでの自分の経験を言葉にする工夫をしてみてください。
一例をあげてみましょう。
もっと深く腰掛けて!
回復期リハビリテーション病棟の日常的な場面で時々聞こえる声掛けの一つがこれです。
「もっと深く腰掛けてくださいね」
先輩看護師から
「もっとしっかりと座らせなさい」
なんて風に声をかけられることもありますよね。
危険予知・予測の考え方としてとらえると
- あの座り方バランスが不安定になるかも?
- 座っている場所から転落する可能性がありそう?
- ずりおちてしまうかも?
などという風に危険予知・予測したうえで
- 「もっと深く腰掛けてくださいね」
- 「もっとしっかりと座らせなさい」
ってことになるのだと思われます。
しかし、このような
「もっとしっかり座らせなさい!」
というような指示の与え方では新人や若手の看護師は、危険予測の能力を高めることはできません。
このような指示は 危険を回避するための対応 を伝えているのであって、何が危険であるのかを伝えていない から危険予知・予測能力を高める指導になっていないのです。
危険予測能力を高めるための指導
「もっと深く腰を掛けてくださいね」
って伝えるとき患者さんの座っているときの状況が
- どのような座り方をしていて
- その座り方のどこが危険と判断するのか
ということを伝えてあげる必要があります。
単に修正するポイント、この場合は「深く腰掛ける」を伝えても、危険の回避方法を学ぶだけであって、危険を予測することを学ぶことにはならないのです。危険を予測することを学ばないから、せっかくの危険回避の方法を実践するまでには成長しないのです。
重要なのは、なぜ危険と判断したのか を伝えることなんです。
しかもそのことを「バランスが不安定だった」というような あいまいな伝え方ではなく、より具体的にわかるように伝えることが必要です。
たとえば、「ベッドサイドへの座り方が浅くて、ずりおちる危険がある」場合。
新人や若手へ伝えるには
座り方が浅いから、もっと深く座らせましょう
では50点くらいの指導ですね。なぜ50点なのか!
「座り方が浅い」っていうのはお尻の位置が前方にありすぎてベッドや車いすから落ちそうだという状況です。
じゃあ、お尻の位置がどこにあったら「深くすわっている」状態と判断しますか?
お尻の位置がどこにあったら「浅く座っている」と判断しますか?
その 判断のポイントをかなり具体的 に新人や若手に伝える必要があります。
座った時に両足の間から(両大腿部の間)座面が見えたら、深く座っていると判断できますが、両大腿部の間から床面しか見えない場合は浅く座っていると判断できます。
これくらい具体的に伝えないと、危険予測能力を高めることができません。
具体的に伝える努力が必要です。
KYTのまとめ
- KYTは「いつする?」というのではなく「常に実践するものである」
- 具体的に、言葉で表現できるように危険予知・予測することが重要
- 新人、若手看護師へは危険の回避方法だけを伝えるのではなく、なぜ危険と判断したのかという根拠をわかりやすく伝える
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